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国際保健/開発:国際保健や開発に関して私なりの論を展開しています。
フィールドノートから:フィールドでの試行錯誤。
FYI:興味深いイベントを紹介!
ツレヅレ:書評、映画評、ツレヅレと。
投稿者: inoyo 投稿日時: 2007-11-26 17:07:00 (611 ヒット)

▼朝は死ぬほど寒かった。寝起きはそんなに寒さを感じなかったが、起き上がって外を歩いているうちにがくがく震えてきた。夜はすごく湿度が高くなるみたいで、服が湿っていた。もちろん、雨が降っていたというのもあるだろう。

▼朝食はJefferyというPapa Sallyの弟の家で紅茶とクラッカーを食べた。焚き火に当たり、だいぶ温まることができた。

▼今日は80程度サンプルを集めて、早めに終了。昨日は30℃近くまで気温が高くなったのに、今日は20℃そこそこで、ずっと肌寒かった。相変わらず大人・子ども問わず、飴をくれとやってくる。計測中は少なくとも止めてほしい(汗)

▼IMR に行き、遅めの昼食。IMRの中庭で食べた。サツマイモとラムフラップというラムのくず肉、小麦粉を丸めて揚げた「スコーン」を食した。スコーンはカメルーンで食ったポフポフと同じ。小麦粉とベーキングパウダーを油で揚げたものだ。決してまずくはないが、うまくもない。

▼IMRの中庭には、PNGで有名なアーティストが作った、彫刻があった。金属で作ったヒトの造形の上にでっかいハマダラ蚊が乗っていた。なんだかよく意味が分からないが、意外といけている。

▼村に戻ってきてからは、子どもたちと遊ぶ。普段は大人となんか遊んでいないんだろうから、思いっきりはしゃいでいた。どこも子どもはおんなじだ。きっと家に帰ったあとは興奮しすぎて親に起こられたことだろう。気の毒に。

▼ 村のそばに下に下りる階段というか、がけというか、道があってそれを下っていくと湧水がある。そこで水浴びをした。といっても、頭を水で洗ってみただけ。果たしてきれいになったのか、汚れが拡大したのか、よくわからないと言うのがミソだ。個人的には、風呂とかシャワーとかあんまり好きじゃないので、あんまりシャワーに入らない生活が苦ではないが、さすがに少し髪がごわごわしてきた。あ〜ぁ、きっと、こういうことするから髪が減るのだろう。

▼ それから近くのちょっとしたMarketに行った。ダーツのボードを掲げて、簡易ダーツバーが開かれていた。赤い帽子をかぶったおっ差にはすごくうまくて、商品のマギーヌードルを取っていた。その’「ダーツバー」の周りには、地べたに座ってカードのギャンブルをしている人々。結構年を取っている人が多いような印象を受けた。他にも、野菜を売りながら話に花を咲かせる女たちが道沿いに並んでいた。Papa Sallyの息子、Sadamはアパを買っていた。

▼竹筒に肉とアパを入れて竹筒ごと火にくべる料理をいただいた。今日の肉は、鶏の内臓だった。アパはねばりっけの多い野菜で、見た目はミントのようだが、食感はモロヘイヤに近い。とてもおいしくて、バクバク食べてしまった。鳥を絞めたのは、今日、小学校が卒業式だったからとのこと。よほどのお祝いでない限り肉は食さないのが彼らだ。

▼電気は18時過ぎにようやくついた。とはいっても、村の中にある電灯は数えるほど。われわれが泊まった家では、ランプを灯していた。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2007-11-25 17:09:00 (620 ヒット)

▼成田からケアンズ、ポートモレスビー、さらに今回の目的地であるGorokaまで、飛行機を三回乗って向かう。

▼ ケアンズへの到着便のスクリーンにはRockhamptonの文字が。2000年に留学生仲間で訪れた、なつかしの場所だ。独りで決めることではないけど、新婚旅行にはここに行きたい。もし蹴散らされたら、家族旅行の一回でここに行きたい。そのくらいいい場所だった(ような気がする)。

▼結局、オーストラリアは朝4時に着き、昼までラウンジでうだうだしながら滞在。

▼荷物トラブルが発覚し、ケアンズから研究室に電話。再配送するよう手配してもらう。60%くらい自分の責任なので、非常に申し訳ない。



▼オーストラリアとアフリカの差はなんだろうか。なぜオーストラリアには入植して、発展したのに、アフリカではしなかったのか。資源? たくさんの砂漠。政治形態の違い? 戦争の強さ? 疾病の違い?



▼Port Moresby空港に飛行機が降り立つとほどなく、機内までもわっとしてきた。早速滑走路に降り立って見ると、湿度はそれほどではないものの、気温は結構高い。

▼ 空港は日本のODAで作ったとのこと。ところどころに日本語のサインがあり、その事実を感じさせる。到着して外に出たが、国際線ターミナルにはあまり人がたむろしていない。もっと客引きがいるかと思っていたのに、拍子抜けしてしまった。一方の国内線ターミナルは、家族連れがぱらぱらと地べたに座っている。カラフルでざっくりとして服を着てる人が多い。男は穴の開いたぼろぼろのポロシャツを着ている人が多い。日本人はほとんど居ない。

▼人類生態学の卒業生に会った。

▼航空会社:Air Niugini、Airlink、Airline Pngの3社があるようだ。結構就航している。

▼ 葬式に向かう一行がPort Moresbyの待合フロアに。日本の菊とかとは違って、華やかな花で花輪を作っていた。梅崎さんいわく、人がなくなったら遺体を故郷まで運んで、そこで弔うとのこと。貨物から腐臭がもれてくることもあるという。日本の違って骨にしちゃうとかはないのだから、まぁそうなるか。



▼その日の宿舎。夏原さんにノミ、ダニのことで脅される。ビビリまくる。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2007-11-24 17:10:00 (645 ヒット)

どうも、皆さんこんにちわ。とうとうパプアニューギニアに行きます。明日26日(月)にカンタス航空でまずはケアンズに飛び立ち、そこからニューギニア航空で、パプアニューギニアの首都ポートモレスビー、さらに、今回の目的地であるゴロカまで飛行機で飛びます。


カメルーンで耐性がついているためか、はたまたオーストラリアの高校にパプアニューギニア人の国費留学生がいて親近感を持っているからか、あまり感傷的にはなっていませんが、まぁ、身体にだけは気をつけて、それから、彼らの戦争に巻き込まれて、流れ矢に当たって死なないように、がんばってきたいと思っています。


帰りは、12月13日。当初の予定よりも思いがけずだいぶ短くなりましたが、それはそれで良しとします。だって、早めに帰って来て、すぐさまがんばって卒論やらないと、おっぱっぴー(Oh、PapuaのせいでPooh太郎)になってしまうので。

ではでは、くだらない話はこの辺で。みなさんお元気で。帰ってきてからいろいろアップします。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2007-10-15 17:43:00 (509 ヒット)

Memento Moriとはラテン語で「死を忘れるな」という意味の言葉で、死だとか物事の終わりの必然性を人に説くことばだ。その言外の意味としては、「人はいつか死ぬから今を楽しめ」というものであったり、「今は栄えているけどいつかは滅びることもあるのだから気を抜くな」というものであったりさまざまであるのだが、私にとっては、「いかなることも当たり前にするな」という意味に収束する気がする。

私たち、すくなくともこのブログを読んでいるほとんどの人は、この現代に生きていく上で、死を意識することはほとんどない。あたかも当然のごとく、すべてが永遠に続いていく、そんな気すらしていてもさしあたってあまり支障はない。そして、その幸せのあまりに、いろいろなこと―それは、人の恩だったり、自然の美しさだったりするのだが―を当たり前にしてしまうことがしばしばある。

それでも、少なくとも日本にいるよりかは死ぬ可能性が高そうな場所に行こうともなると、やはりいろいろなことを振り返る。そしてそんな時、なんだかすべてに感謝する気に、いや感謝しなくてはいけないのではないかという、pessimisticなモードになり、そして、Memento Moriという言葉を思い出すのだ。まぁ、人生の振り返りを強制的に行うという意味では、まんざら悪いことでもないのかもしれない。

ということで、一ヶ月ちょっとパプアニューギニアに行ってきます。結構、観光地化された「いい」ところらしいです。うれしいようなうれしくないような。たぶんうれしくない。
まあいずれにしろ、死なないはず◎


【補足】
と書いた後で、なんですが、6人の調査チームに対して結局ビザが下りず、現時点で、渡航延期が決定されました。(10/16) 次にいくとしたら11月後半の可能性が高いのですが、それまでにもビザが下りるかどうかわかりません。でも下りたときはきちんといけるように、そこまでには卒論を仕上げておきたいところです。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-10-17 8:33:00 (661 ヒット)

今日、用賀にあるインターナショナルスクールで働いているNGOのオーストラリア人ボランティアとともに、小学4年の女の子、23人に対して、開発に関してのワークショップをしてきた。

とは言っても、私は、終始、お手伝い。ちょっとカメルーンのことを話したり、子供たちの簡単な手伝いはしたが・・・。

とにかく。

ここ2ヶ月で"right&resoponsibility"を学んできた彼女たち、反応が実によく、聞いていてこっちが、なるほど、とうなずくことがしばしばあった。

世界の貧困のなかに暮らす人たちがどんな権利を必要としているのか、ブレインストーミングをしたり、自分たちが考える、世界の人たちの必要な権利を紙に書き、皆でそれをつないで、大きなホワイトバンドをつくったり。

なんか、みんな一生懸命やっていて、いいなぁって。

MDGsの期限である2015年。彼女たちは20歳。

彼女たちはどのような世界を見るのだろうか?


====================
関係ないけど、すごくいい学校でした。みんな一生懸命やっていたし、みんなお嬢様って言う感じが程良く出ていました。それから、彼女たちの中で多様性の中で暮らすことの贅沢さを自覚していたのが、すごく印象的でした。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-3-28 22:26:00 (748 ヒット)

カメルーン到着一週間前と言うことで今日からマラリア特効薬を飲もう!と思った私は、六本木にあるインターナショナルクリニックへマラリア特効薬を買うべく訪れました。
飯倉片町の交差点にあるんですが、この病院は見た目は古ぼけていてしけた洋館なんですが、看護婦さんがとても親切で感じがいいので私は好きです。そこそこおすすめできます。

さて、マラリア薬ですが、渡航先によっては薬剤耐性ウイルスが存在している場合があるということで、気を付けなければいけないとのこと。(カメルーンはまだ、薬剤耐性ウイルスの報告はされていないそうです。)しかし何よりも気になったのは、めまいや吐き気、嘔吐を起こすことがあるとの注意書き。それから不眠症や怖い夢を見ることがあるそうです。

なんてやっかいな病気なんだ。

飲まなければマラリアに思いっきりかかるし、のんでも悪夢とは。どっちもいやだ!
第一、悪夢ってどんなだよっ!!ってそもそもカメルーンにいかなければいいのでしょうけど、もはや、そういうわけにもいきませんな。まぁ、渋々飲ませていただきます。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-3-26 22:25:00 (588 ヒット)

今日は朝から、いろいろなところに買い出しに行っていました。
いい加減に準備しないと前日の夜に泣くことになるからです。
国内や、海外でもアメリカとかヨーロッパとかに行くのであれば、
「まぁ、何かなかったら行ってから買えばいいんだしぃ〜。」
と、たかをくくっていられるのですが、そこは、第三の故郷カメルーン、
そうは問屋が卸しません。
なかったら本当にないまま6ヶ月が終わることでしょう。
うーん、こわい。

主に渋谷で買い出しをしましたので、買い出しの合間を縫って、
以前の勤務先の塾へ顔を出しました。
出発の報告をするためと、ある人間の合否が気になったためでした。
彼は、高校の後輩であり、そこの塾の生徒でもありました。

結果は不合格でした。

受験はとてもシビアです。
努力のの積み重ね、学校への思い・・・、というアナログなものが
「合格」と「不合格」というデジタルな世界に区切られてしまう。
もちろん合格する人にはそれなりの理由があって、
また同時に不合格という結果に終わる人にも、
それなりの理由があるのかも知れません。
それに、受験制度として、ほかに妥当な制度が見つかるわけではなく、
「無難」な制度だとは思います。
でも、あまりに重く、むごく、つらい現実です。

自分自身は、合格しました。
ただ、その合格が不幸を引き起こしました。
人間関係も大いにこじれてしまいました。
それはとてもつらかったです。

「あなたに浪人生の気持ちはわからない。」
確かにその通りです。
私は何も言えませんでした。
今となっては、誰の気持ちも完全にはわからないものだ、と気がつきましたし、
わからないからといってわかろうとすることをやめるのは間違っていると、
思うことができますが、当時の私にとっては、重すぎる言葉で、
どうしようもない状況に、心はすさみました。

仮にも青春を謳歌すべきようなときに、このような人間関係を
わざわざ生み出すことに対してはどうしても納得がいきません。


実は、用事があったらしく、本人が来ていましたので少し話しをしました。
顔は晴れやかとは言えませんでしたが、時折笑顔がありました。
すごくほっとしました。
ただ、きっと心の中にはいろいろな思いがあると思います。
きっといつまでも心に引っかかるかも知れません。
でも、前を向いて自分の足で一歩一歩着実に歩けるようになる日が
いつか来るはずです。
心の底からにこにこできる日が。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-3-14 22:14:00 (706 ヒット)

ここ数日、書き込みが出来ませんでした。
一昨日は送別会でつぶれかけ、昨日は体調不良で・・・と、
色々理由はあったのですが、とにかく今日から復活します!

本日、世田谷区野沢にあるカメルーン大使館に
ビザの申請に行きました。
勝手に大きな建物と厳重な警備を想像していたので、
しばらく見つかりませんでした(^^;;;
二棟の一般住居がカメルーン大使館になっていました。

大使館内には10畳程度の待合室に、
ビア大統領の肖像と国旗が飾られていました。
スタッフは4人と小規模でした。

順調にいけば、あさってには、ビザが下りるそうです。
いよいよです。
暢気なことに、未だに実感はあんまりないのですが、
出発までの日数を数えてみた時に、
本当に出発の時が迫ってきていることを感じます。
残り少ない日々を、大切に過ごしたいと思います。


□□□カメルーン・ビザ情報□□□
申請受付時間:10時から12時
必要書類:申請用紙2枚、写真2枚(ID用)、黄熱病の予防接種証明書
行程表、申請金(14000円)
*詳しい連絡先は外務省のサイトから見てください。
*また、各自で必ず確認してください。渡航目的により
 申請の際に必要となるものが変わるはずです。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-3-7 22:10:00 (645 ヒット)

今日お台場にある東京港湾合同庁舎内の東京検疫所にて、
予防接種を受けてきました。これで注射に関しては、全て完了です。

今回カメルーンに行くに当たり、必要とされたのは、
A型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病、黄熱、
それから腸チフスと髄膜炎です。
(人によっては、他にも必要なものがあるかもしれませんので
もしカメルーンに行かれる場合には、しっかりと確認してくださいね。)

二度にわたって、打つ必要があるものもあり、
また期間をあけないといけないこともあるので、事前に計画を立てることが必要です。
私は高校生の時分、オーストラリアに行った際に、勘違いしてB型肝炎と狂犬病の
予防接種をうっていたので、うつ本数が少なくてすみました。
2月13日に、A型肝炎と破傷風の一回目を、
2月26日に、腸チフスと髄膜炎を、
そして今日、A型肝炎と破傷風の2回目、それから黄熱の予防接種を受けました。
腸チフスと、髄膜炎の予防接種は日本では認可されておらず、
検疫所で接種を受けられなかったので、麻布にある外人向けの病院でやりました。

注射は痛いです。しかも、高いので更に、痛いです。
今回の接種だけで全部で7万円くらいはしてるはずです。
正確な金額を出すのはあまりに怖いのでしていませんが…。

ただこればっかりは何よりもの保険ですから、
しっかり打っておかねば、ということでこの支出に耐えております。

そうそう、黄熱は生ワクチンと言うことで、特にその含有成分のためか
痛かったです。他の注射に比べると35%増しくらいです。
ただ、この痛さに耐えて、無事にアフリカで有意義な生活を送ることが
何よりもの野口英世先生の供養になると…。
あんまり、バカにしちゃいけませんなぁ。

でも、本当に昔の人は命がけだったんだなと改めて認識しました。
“そこ”にいる、助けを必要とする人を助けるという思いから、
本当に命をかけていたんですね。
今の私の途上国への思いが、そういう熱いものであると信じたいです。

でも、俺は絶対に死なない。
俺はずるいから、俺も思いっきり幸せになりたい。
そして、周りの人とも幸せな時間を過ごしたい。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-3-4 22:07:00 (678 ヒット)

ここ数日体調がよくないのかな?と思っていたら、
どうやら体調がよくないみたいです。
来週火曜日には注射を打たないといけないので、
何とかして、体調を元に戻したいと思います。

私の体調はすごくわかりやすいんです。
というのも、明確なバロメーターがあるからです。
汚い話ですが、トイレットペーパーなんです。

私は通常、大変「快便男」でして、全然つきません。
全くです。だから紙がいらない、とてもエコロジーな人間なのです・・・(^0^)
ってそういうことを言いたいのではなく、
実は、紙につく時、これが体調の悪い時なんですね。
だから、ついた時は「あっ、体調に気を付けなきゃ」ってなるわけです。
アフリカに行ってもきっとこの法則は使えるはずですから、
紙に気を付けて生活したいと思います。

つくか、つかないか。
それが問題だ。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-2-28 22:02:00 (625 ヒット)

今日、チケットを購入しました。
色々迷いましたが、迷ったところで大差ない!と思って適当に決めました。
購入先はACROSSという旅行代理店の渋谷支店。
金額は片道で色々含めて158640円。
出発は4月3日午前9時30分成田発。ソウル経由パリ行きです。
さらにパリから乗り継いで、デュアラという都市に行きます。
そこからは知りません!多分鉄道か、バスでしょう。
何とかなるはずです。
ならなかったら日本大使館に逃げ込みます。
これで大丈夫。

片道っていうところがたまらないですよね。
帰ってこれないじゃん!
まぁ、でもそれだけ覚悟を決めたということで。
がんばります。

ちなみに、担当の方がジョンさん。ケニアの方です。
とても流暢な日本語を操っていました。
メールとかしてください!っていってくれました。
素敵な出会いです。


投稿者: inoyo 投稿日時: 2005-2-28 22:01:00 (699 ヒット)

そろそろ、渡航まで一ヶ月ですので、しっかりブログを書き始めたい!
ということで、今日から始めます。井上陽介のアフリカ滞在日記『アフリカのふりかけ』。
やばい!本当にセンスないんだけど・・・と思った方。まぁ、許してください。
だってそれしか浮かばなかったんだもん・・・。

さてさて、出発までにすることをとりあえず列挙したいと思います。

.船吋奪箸鬚箸襦
休学届けを提出。
2拌い蝓
ね祝廟楴錣よび、マラリア予防薬。
ゥ侫薀鵐晃譴僚得(無理!)
ζ本紹介の準備。
Ц獣呂燃萋阿垢襪燭瓩離泪謄螢▲襪鼎り。
日本にいる人との別れを惜しむこと。
ホームページの準備。

ってこんな暢気なことを書いてて私はいいのでしょうか?
こんな風に書いてて、いけなかったら結構笑っちゃいます。
第一、向こうから正式な契約書はまだ来てないですし。
とにかくそろそろあわてます。
しかし、ひとつplus材料が!
今日、googleで検索をしていたら、私が派遣される(はずの)NGOに
先月まで滞在していた方のブログを発見!
どんなに辺鄙な所に行かされるのかと思っていたので、
少々安心しました。(同時に少し残念)

私の目標研修開始日は2005年4月4日。
日本を発つのが前日の3日。22才のお誕生日の翌日でございます。

それでは到着までの一ヶ月間、私がいかにあわてふためくかを
皆様におかれましては十分ご堪能ください。

あ!ちょっと寝れないうちに随分やっちゃった。
あした早く起きないといけないのに・・・。


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